地域のテロワールに生きる
「南部美人」久慈社長の信念
岩手県二戸(にのへ)市へ。
漆が有名な地域ですが、今回訪ねたのは漆林ではなく、
市の中心地にある酒蔵「南部美人」。
殊にこの数年、南部美人の躍進は目覚ましいものがあります。
数々のコンクールに入賞。その実力は日本のみならず世界でも認められ、現在、南部美人のお酒が飲まれている国はなんと46か国!
入り口に飾られた酒樽に差してあるカラフルな国旗はその国々のもの。
これからも旗の数は益々増えて、ひと樽では挿しきれなくなりそうです。
2017年冬、いまから2年ほど前のこと、蔵元である久慈浩介社長からメッセージをいただきました。
「今年から当社でも漆かき職人を1名、仕事が無い冬の間、蔵人として酒造りをしてもらっていますよ。これがうまくいくと、漆かき職人をもっと増やせるので頑張っていきます!」
驚きました。
漆掻き職人を蔵人に!というアイデアもすごいのですが、
社長は「自社の業績を上げられる」ようにではなく、「漆掻き職人をもっと増やせる」ように頑張ると仰っていたのです。
おもえば、久慈社長のことを初めて知ったのは東日本大震災の直後でした。
2011年3月、久慈社長は全国に向けてYoutubeで発信していました。
「お花見を自粛しないでください。」
「岩手のお酒を飲むことで、応援してください。」
このメッセージを見て酒屋へ行き、南部美人や東北のお酒を買って、お花見に出かけた方は少なくないことでしょう。
この後、大きなムーブメントとなって全国に広がっていった「ハナサケ!ニッポン」、呑んで応援の運動は、まさにこの久慈社長たちによる渾身の言葉から生まれました。
蔵の成長は地元とともに、東北とともに、日本とともに。
社長の信念は、当時から全くブレることはありません。
地域に根差した酒造りとは
二戸で創業して100年余りになる酒蔵「南部美人」。
この日、社長は海外へ出張中でしたが、蔵人たちにお話を伺ってきました。
お話を聞かせてくださったのは、製造部長の田村誠さん(写真右)。
そして、漆掻き職人で蔵人の藤島弘伸さん(写真中央)。
藤島さんは一昨年、二戸市による長期研修を受け、去年から漆掻きとして独立しました。
南部美人で蔵人として働くのも一昨年の冬からで、今年で3シーズン目に入ります。
そもそもなぜ、全く関わりがなさそうなこの2つの仕事をすることになったのか。
それは、双方の生産活動に大きな季節的偏重があるからでした。
漆掻きは主に夏の仕事。
毎年5月ごろに準備が始まり、6月から10月に漆の採取、11月に後処理というのが典型的な1年の流れです。
一方、酒造りは冬の仕事。
秋から仕込みが始まり、最も忙しいのは寒造りの12月から2月。
逆に、仕込みのない夏の間は仕事は少なくなります。
もともと、米農家が稲作が終わると蔵に入り、田植えのころにまた自宅に戻っていくというのは昔からある慣習でした。実際、現在も南部美人の蔵には複数の農家の方が冬場だけの蔵人として働いています。
そこに着目したのが、漆産業を振興する二戸市。
市内の南部にある浄法寺(じょうぼうじ)地区は、日本の漆生産量の7割を担う重要な産地です。
漆を地域の主要産業として持続可能にするために、漆掻き職人を育成していかなければならないなかで、最大の課題が冬の収入源。
冬の雇用を確保すれば漆掻き職人が増えていくのではないのか。
一昨年、二戸市から蔵元に相談があり、蔵としても冬の人材はありがたいということでこの体制が実現しました。
プロ集団 チーム南部美人
藤島さんについて「社長に言われていることがあります」と田村部長。
「本業にさせるような仕事はさせるな。」
「彼は漆掻きの職人だ。日本酒のほうが面白いからこっちに、ではなくて、漆掻きの補助的な冬の仕事だと思ってほしい。こっちが本業ではない。」
やはり久慈スピリットは揺るぎません。
自社だけではない。常に地元のために、日本のために。
結果、藤島さんは「はたらき」という役割を担います。
酒造りの蔵人体制は、
まずトップに「杜氏」=全体を統括してどのような酒を造るかを決定していく役割。
その下に「麹屋(こうじや)」「酛屋(もとや)」「醪係(もろみがかり)」。
造りの中でも特に重要な要素を担当します。
そしてその下にいるのが、「助手」や、洗い物やモノを運ぶ役割の「はたらき」。
つまり藤島さんの担当「はたらき」は、サポート役。
しかし、サポートの働きでも酒の味を左右しうるのが酒造り。
水、米、麹菌から生まれる発酵という自然現象と人知の真剣勝負。
野や山に生きるウルシの木に向かうのと同様に、藤島さんが黙々と真摯に働いている姿が目に浮かびます。
田村部長の言葉には情熱がみなぎっていました。
「数々のコンクールに入賞の常連であることは並大抵の努力ではできません。それを成し遂げている酒蔵はどこも、当たり前のことを確実に実行し、それ以上の研鑽を積み重ねている、すごいことだと思います。」
「私たちの蔵も、杜氏だけではなくて蔵人の一人一人が考え、取り組まなければならなりません。簡単ではないけれど、その結果を出していく、それが私の目標です。」
チーム南部美人の凄味がそこにはありました。
二戸の漆掻きとして
藤島さんは、この秋、独立して2シーズン目となった今年の漆掻きを終えたところです。
目標とする量を掻くことができたので、次なる目標は質を上げていくこと。
自らの腕を上げていくとともに、良いウルシの木を確保しなくてはなりません。
冬の間、南部美人というチームに所属して仕事をすることは、地元につながりを作り、良いウルシの木の持ち主との出会いを作るためにもありがたいことなのだそうです。
愛用の漆掻き道具を見せてくれました。
日本で最も漆掻き職人の数が多い二戸市浄法寺地区ですが、32歳の藤島さんが最年少。
ほかに、30代は一人だけ。その上は40代、50代が数名いる程度で、
最も多いのは一度別の仕事を引退した60代以上。
若者は、漆掻きの研修を受けても続けていない場合もあるそうです。
「自分自身はずっと漆掻きをやっていきます。」
それは、
二戸市出身で、二戸の宝である漆を生業にしていくと決意を固めた、
若い職人の力強い熱を帯びた言葉でした。
テロワールは静かなる情熱とともに
お話を伺ったあと、蔵を見学させていただきました。
案内してくれたのは、麹を担当する菅原亜幌さん。
実は蔵に酒米を納めている米農家でもあります。
麹室の説明をしてくださる菅原さん。
一押しのお酒は?と聞くと
「ウチの米を使ったYUZO SP(雄三スペシャル)です!」
そうこなくっちゃ。
チーム南部美人はこれからも、それぞれの使命に誇りを持ち、邁進しながら、
美味しいお酒と上質な漆、そして力強い日本の文化を醸していくことでしょう。
取材と見学を終えた帰り道、
蔵で見た醪がぷつぷつと発酵する力強い泡の音が、いつまでも耳の奥から消えませんでした。
自社のみでなく二戸のために、日本のために、という蔵元のあくまでもポジティブな情熱は、杜氏たちにはもちろんのこと、冬の間だけ蔵に集まる米農家や漆掻きの蔵人たち、笑顔が素敵な店舗や事務方のスタッフにまで行き渡り、まるで泡までもがチームの一員であるように、静かに、しかし熱をおびて蔵の中にみなぎっていました。
後日、久慈社長に、
「浄法寺漆器で飲むのに一番お勧めのお酒はどれですか?」
と聞いてみました。
その答えは
「絶対に、特別純米でお願いします。」
「米・水・人・風土、全て二戸で統一した究極のテロワールを実現したお酒です。浄法寺漆器もテロワールに入っています。」
「世界中で様々なテロワールがありますが、『器』までテロワールを組めるのは世界でも二戸だけではないかと思っています。二戸市の漆で塗られたすべてがメイドイン二戸の漆器で呑む、全てがメイドイン二戸の特別純米酒は、それこそ世界最高のハーモニーを奏でて心に響く事でしょう。ぜひ二戸テロワールを皆さんで味わってください。」
テロワールとは、もともとはワイン用語で、ブドウを育てる土や環境、風土を表す言葉。
もちろん、そこに暮らし、造りに携わる人々の存在も欠かせません。
最近は日本酒造りにおいても使われることが増えてきました。
酒蔵「南部美人」が取り組む、米・水のみならず地元に息づく文化や人々の暮らしまで生かし生かされる酒造りは、まさに 「二戸テロワール」 そのものでした。
蔵の皆様、
すでに仕込みが始まった忙しい時期にも関わらず、
貴重なお話を聞かせてくださりありがとうございました。
取材先:株式会社 南部美人 https://www.nanbubijin.co.jp/