匠の技と感性を繋ぐ「富田染工房」

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早稲田大学のキャンパスを抜けて神田川沿いに至ると、古い路地の残る住宅街が広がる。

その中に点在する染の暖簾。東京都新宿区のこのあたりは今も続く染めものの一大産地である。

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今回訪れたのは約140年、江戸の染めを引き継ぐ「富田染工芸」。

もともと江戸の染屋は神田から浅草周辺に広がっていたが、明治以降の工業化で川が汚れ、多くの染屋が神田川の清流を求めてこの地に移ってきた。富田染工芸がこの地に創業したのも大正3年。今から100年ほど前のことである。

昭和前半のころまで染め産業は大変な隆盛を極め、こちらの工房も最盛期には130人の職人を抱えていた。

ご案内くださったのは5代目当主の富田篤氏。

古い木造の工房に入ると、7mの長板が何本も並ぶ広い染場で年配の男性と若い女性の職人さんが黙々と作業をしている。

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現在の職人は12人。ひところの10分の1にも満たない。

着物を着る人が減り、たとえ着物地であっても熟練の技術を要する手仕事の染めが消えてコンピューターデザインの図案や印刷の生地が主流となっていく中、手間のかかる昔ながらの工法にこだわるこちらの工房。

効率化の波に押されて産業衰退の危機感がないわけではない。

しかし、活気のある会社にはいい気が流れているものである。

それが、ここにはみなぎっていた。

富田氏は若い職人の育成や新商品開発にも積極的な大変活力に満ちた方である。

江戸から続く染の技術、文化を伝え繋ぐための活動の一つとして、工房を一般の見学者にも公開している。海外からの来訪者も少なくないようで、壁には英語の説明板も掲げられていた。

それを見ながらふと思う。昨今インバウンド戦略がいわれて久しいが、そもそも我々日本人のうちどのくらいの人が日本の染物文化について語ることができるのか。

たとえばこの日染められていたのは江戸更紗。どこかエキゾチックなこの染めは、もともとインドやペルシャから室町のころに伝来した紋様。こんな柄について外国の人々と語り合えたらなんと嬉しいことか。

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インドや東南アジアの更紗は手描きや木版が多いが、江戸更紗は白い反物に使い込まれた伊勢型紙を何度も何度も几帳面にのせて、鹿の毛で作られた特殊な刷毛で丁寧に色を乗せていく。型紙は色の数だけ使用する。江戸更紗の場合、使用するのはおよそ25枚。一色一色のせていく。1枚の型紙は約30㎝四方だから、1反のためにかれこれ1000回ほども型紙をのせ替えていくことになる。生き生きとした美しい柄を出すために、型合わせにはどれほどの集中力を必要とすることだろう。

手仕事にこだわり続けるためには、想定外の苦労もある。

そのひとつがしごきの工程に。

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しごきは染料を混ぜた糊を生地全体につけて反物全体を染める地染めの工程である。糊を付けたあと蒸すのだが、その際に糊どうしがくっつかないように生地全体におがくずをつける。

このおがくず、以前は木場の製材所に行けばタダで分けてくれた。というより、どんどん持って行ってとありがたがられた。ところが現在の材木はラワン材など洋材がほとんどで、脂分が多いために蒸し工程で悪さをする。よって、杉の間伐材などをわざわざおがくずのために挽いてもらわなくてはならない。手間もかかるしコストにも跳ね返る。

木べらやちょっとした工具なども昔は店に行けば売っていたのに、今は自分で作らなくてはならない。現代の染職人は大工仕事から機械のメンテナンスまで何でもできないといけないのだ。

もくもくと作業をしていた年配の職人さんが手を止めて、気さくな様子で説明をしてくれた。

見せてくださったのはオシャレなリバーシブルの型染めショール。1枚の布を表裏別の柄で染めるのには特殊で熟練の技が必要だ。

大変だし難しいけれど、「誰もやらないから自分はやる。」

ニコニコしながら話す職人さんの表情とは裏腹に、何ともオトコマエな一言だった。

そうまでしても手仕事にこだわるのは、やはり工業製品とは仕上がりに差があるからだ。

色のせは、人の手でやるから箇所によって濃淡が出る。それが全体の反物で見たときに深い奥行感となって表れる。印刷にすれば均一ではあるものの単調だ。

顧客の要望にひとつひとつ応えることもできる。染の色はそれぞれの注文のためだけに染料を配合して作る。生地が違えば同じ染料でも色の出方は異なる。気温や湿度、様々な条件も考慮に入れなければならない。色の作り置きはしない。する必要がないのだ。全く同じ注文をする人などいないのだから。

優れた伝統工芸を、緻密な職人技を、次世代に繋ぐためには、その工芸品や技術を使う需要がなければならない。しかし、そもそも使う側にも一流の術が生み出す匠の妙を感じ楽しむ感性が無くてはならない。

ふと茶席の亭主と客の関係を思う。

亭主は客をもてなすために、茶庭、茶室、懐石に道具にと様々な思いを込めて準備をする。客はその一つ一つを汲み取り、味わい、感謝しながらひとときを過ごす。決して亭主からの一方通行のものではなく、もてなす側ともてなされる側、どちらにも知識と感性と思いやりが要求される。

伝統を繋ぐことも同じ。

匠の技によって生み出される美と味わいを受け止め楽しむ教養と感性を使い手側も磨くこと。

それが、日本の文化を育て、伝統工芸を繋いでいく。毎日着物を着る生活に戻ることはないまでも、世界でも稀なほど緻密で手間を惜しまない職人の技をもっと楽しみたいではないか。

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訪問先:富田染工芸