石州和紙・石州半紙「かわひら」

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島根県西部。かつてこの地は石見の国、またの名を石州といった。

この国で生涯を閉じたといわれる万葉歌人がいる。

柿本人麻呂(660-710)。飛鳥時代から奈良時代にかけて活躍した歌人で、晩年、石見の国に国司としてこの地に赴いた。

柿本人麻呂が石見の地に伝えたといわれ、いまなお引き継がれているものがある。

石州和紙である。

和紙

その後1300年以上ものあいだ、その製法を引き継いできた石州和紙。なかでも伝統的な製法そのままに地元産の原料で漉かれる「石州半紙(せきしゅうばんし)」は2008年にユネスコ無形文化遺産に登録されている。

江戸時代には全国でも有数の生産量を誇った石州和紙は、大阪商人の台帳として多用されていた。火事が起こると商人たちは井戸に台帳を投げ込んだという。丈夫な石州和紙は破れることなく、当時の商人たちにとって大切なデータを火から守ってくれたそうだ。

しかし明治以降に西洋から伝わった印刷技術や洋紙に押されての需要減退には勝てず、現在ではわずか4軒の工房が紙漉き技術を引き継いでいる。

その中の1軒、「かわひら」を訪問した。

工房は青い海まで車で10分の近さにもかかわらず、山間の濃い緑にすっぽりと包まれるように立っていた。古びてところどころ黒みがかった板壁と初夏の緑とのコントラストが美しい。

atelier_kawahira

迎えてくださったのはこの工房の主、川平正男氏と長男の勇雄氏。

筆者が東京で開催したワークショップにも来てくれていた勇雄氏が、あれこれと気づかいしてくれながら我々を招き入れてくれた一方、父上の正男氏は奥のほうで黙々とフネとよばれる漉き機に向かっている。紙の材料が混ぜられた重たい水をポチャンポチャンと操る音だけが響く。

その背中には職人独特のオーラをまとい、少々話しかけにくい雰囲気が漂っていた。

しかし、何時間もかけてここまで来たのだ。話をしないわけにはいかない。

正男氏が向きを変えて漉きあがった紙を紙床台に置き重ねたたときを見計らって、えいやっと、、、いや、かなり恐る恐る、質問をしてみた。

「一日何枚くらい漉かれるのでしょうか。」

「― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―」

「?????」

後で聞いたら多いときは200枚以上漉くと分かったのだが、正直なところ聞き取れなかったのだ。声が少し小さかったのではない。訛りが強い。

私は俄然うれしくなった。

そうだ、勇雄氏も、今日の訪問のアレンジをしてくださった浜田市役所の方も、仕事で東京にいる我々と会話する機会も多く、私はあまり強い石州訛りを聞いたことがなかった。正男氏は地元の言葉で地元に1300年伝わる伝統文化を教えてくださっている。

Mr. Masao Kawahira

手を休めて柔らかな表情で紙漉きの基本的なことから伝統への思いなどを語ってくださった。

川平正男氏は現在、石州半紙技術者会の会長を務めておられる。

技術者会は1986年からブータンと紙漉き技術の国際交流を行っており、正男氏も1990年代に二度ブータンを訪れている。30年近く前のこと、いまよりさらに文化慣習の違いは大きく、様々な想定外の苦労があったそうだ。自分たちが日本から送った紙漉き道具があちこちで止められてしまい、手元に届くまで大変苦労した話なども笑いながら話してくださった。

もうひとつ気になっていることがあったので聞いてみた。

「いまお召しになっているのは紙の上着でしょうか。」

そう、正男氏は紙の糸で織られた涼しげな上衣を羽織っていたのだ。

「そうそう、これは趣味ね。」いたずらっぽく笑う。

確かに現代では和紙の衣類は価格の割に取扱いが面倒なので実用の例は少ない。しかし、紙を拠って織られた紙布は江戸時代に夏の着物としてもてはやされていた。それを作業着としてさらりと着こなす。これも正男氏の伝統継承の一つのかたちである。「趣味」とおっしゃる割には、いや、「趣味」だからこそなのか、工房の奥のショールームにはたくさんの紙の糸による作品が展示されていた。

showroom_kawahira

勇雄氏は和紙の原料について詳しく話をしてくれた。

Mr. Isao Kawahira

和紙は主に楮(こうぞ)の皮を原料としている。

楮の原木を蒸して皮を手で剥ぎ、さらに包丁で黒皮を削ぐ。川で水洗いした後はソーダ灰を入れて窯で煮込み、再び手作業で塵をとる。このあと楮を叩いて繊維を細かくし、これをトロロアオイとともに水に溶いてようやく紙を漉く。

トロロアオイ。あまり聞かない植物だが、この根から透明でねっとりとした粘液が採れ、これを紙漉きの水に混ぜることで粘度の高い材料となり、薄くて丈夫な紙ができる。

和紙の中でも丈夫さが評判の石州半紙の特徴の一つは黒皮をそぞるときに甘皮を少し残すこと。色は真っ白にはならないがより丈夫な仕上がりになる。

簡単に和紙の製造工程を綴ってみたが、紙漉きは漉く作業に至るまでの準備が何とも膨大なのである。勇雄氏にお願いして塵取りの作業を体験させていただいたのだが、唖然としてしまうほど地道で細かい手作業だった。冬はさぞかし水が冷たいことだろう。

塵取り

翌日、紙漉き体験をさせていただくために川平さんを再び訪ねた。

工房に入ると早速、溜め漉きと流し漉きを教わった。

まずは溜め漉きではがきを漉いてみる。

まずフネの中に入った紙料をよくかき混ぜて、はがきサイズの木枠で紙料を掬う。

基本動作はこれだけなのだが、平均的な厚さでなめらかに紙料を掬うには結構コツがいる。

溜め漉き

次に、流し漉きで少し大きめの薄い紙を漉いてみる。

まず正男氏が手本を見せてくれた。

流し漉き

そのとき、脳裡に衝撃が走った。

なんと美しい手さばきだろう。

ご本人にとってはほんの朝飯前程度の作業に過ぎなかったと思うが、紙料が入った重い水をまさに流れるようになめらかに操る動きは感動的だった。

流し漉きはいままでに様々な和紙産地を訪れて何度も見ている。しかし、正直なところこれほどまでに技術の美しさに圧倒されたことはなかった。

これこそが無形文化遺産というものか。

無形だから形はない。だからこそ凄みすら覚える高い技術。

日々淡々と、そして脈々と繰り返される生業といういとなみこそが文化であり、そこから生まれる技術は、人間の手によってでのみ次世代に繋ぐことができる美しき伝統なのだ。

紙漉き体験を終えた後まもなく、東京への帰路に就いた。

最後に川平さん親子と一緒に見送ってくれたのは、川平さん家の山羊のジョン。

工房の周囲には初夏の緑がまぶしい田んぼと楮の茂みが広がっていた。

雑草もうっそうと生える場所。ジョンの仕事は工房周りの雑草処理。

和紙製造に負けず劣らず、かわいいジョンの美味しい仕事も忙しそうだ。

john

<訪問先情報>

石州和紙・石州半紙 製造販売「かわひら」

島根県浜田市三隅町古市場683-3

かわひらは、代々地元(島根県浜田市三隅町)で、ユネスコ無形文化遺産・重要無形文化財、石州半紙 伝統的工芸品、石州和紙を製造・販売しております。