浄法寺の漆掻き

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6月、漆掻き職人は樹齢15年ほどになった漆の木に軽く傷をつける。
まるで語りかけるように。
「今年は漆をとらせてもらうよ。」
それからひと夏かけて、じっくりと漆を掻く。傷をつけては滲みだしてくる漆を掻く、の繰りかえし。地味で単純な作業ながら、採取する漆の品質や量は職人の腕に大きく左右される。

夏が過ぎると、漆の木はその生命を終える。一生に一度の役割を終えて。

漆の木

漆は縄文時代からずっと日本人の暮らしのなかに当たり前のように存在していた。
山には漆林があり、漆液を掻いて生計を立てる掻き子も多くいた。
国内需要はもちろんのこと、美しい蒔絵を施した漆器は17-18世紀にはヨーロッパへと盛んに輸出され、磁器をCHINAと呼ぶのに対して漆器はJAPANと呼ばれた。
しかし明治以降は安い中国産漆が輸入されるようになる。時代の流れとともに生活環境は変化し、プラスチックなどの化学製品がもてはやされる。そうして日本の漆の生産自体が廃れていった。
現在、国内の消費量のうち国産漆が占めるのは2%前後。ほとんどを中国からの輸入品に頼らざるを得ない。

岩手県二戸市浄法寺。
国産漆の約70%を生産する国内一大産地であり、その高い品質は、漆芸家や漆器関係者からも高い評価を得ている。かつては浄法寺の漆も衰退を余儀なくされるのだが、その後、地元の人々の尽力により再興され、最近では原料である漆から製品の漆器まで一貫して生産できる産地としても注目されている。

8月。盛り(さかり)といって漆の質も量も良い、掻き子としては一番忙しいさなかに、浄法寺漆生産組合の組合長を務める泉山さんの漆掻きを見学させていただいた。

泉山さん

整然と並ぶ漆の木。
規則的につけられた逆三角形の漆掻きの跡。
山を抜ける爽やかな風と相まって感動的に美しい。
触るとかぶれることを忘れてしまいそうだ。

漆掻きの道具は主にこの4つ。カマ、カンナ ヘラ、タカッポ。

道具
カマで樹皮をならし、カンナで傷をつけ、滲みだした漆をヘラで掻いたらタカッポに入れる。
1日で採れる漆は平均1.5kgほど。
出荷用の大きな樽には18.75kg(5貫目)入るから、1樽分を採るためにおよそ10日以上の日数がかかる。

なんと幸運なことに、漆掻きを体験!

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樹皮にカンナを添わせて、引く・・・が、引けない。硬い。思った以上の力がいる。
慣れればある程度コツはつかめるというが、かなりの重労働である。しかも、どの程度刃を入れるかの微妙な力加減が漆の質と量を左右する。そこが職人の腕の見せどころ。

漆の生育管理手間がかかる。約15年間、十分な栄養を蓄え、たっぷりと光合成ができるように、下草を刈り、肥料を与える。漆を掻く技術だけではなく、漆を育てる技術と労働力も、漆の生産維持には欠かせない要素である。

真夏の暑い盛りは漆掻きにも忙しいが、雑草も盛大に生えるから下草刈りにも手を抜けない。雨が降った日は漆を掻けないので草刈りをするのだそうだ。仕事は朝6時から夕方6時まで。腰には蚊取り線香をぶら下げて、漆掻き職人の夏はタフである。

大変な仕事であることに間違いはないのだが、浄法寺の人々の笑顔はやわらかだ。
冷たいようで温かい、硬いようで柔らかい、漆器とともに暮らしているからだろうか。

真夏の作業も厳しいが、冬の寒さも本州一番。それでも漆の仕事に関わる若者もすこしずつ増えている。

かつて人は、豊かな里山の木々を手入れし、その恵みを得て暮らし、そしてまたいずれ山の土にかえる、自然の悠遠な循環の中に生きていた。木とともに、漆とともにある日本独特の文化は、人が心地よく暮らすための知恵であり、必然であるように思う。

国産漆を次世代に繋ぐ浄法寺の活動は、忘れかけていた大切なことを教えてくれている。

漆林

訪問ご協力: 株式会社 浄法寺漆産業 http://www.japanjoboji.com/