漆刷毛が繋ぐもの

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職人は美しい。

改めてそう思わせてくれたのは、若き漆刷毛職人の内海志保さん。

会うのは2度目。1度目は、あるフォーラムで挨拶と立ち話をした程度でした。にもかかわらず、仕事場の見学を快諾してくださり、それどころか、朝から丸一日、会津若松の街案内まで買って出てくださったのです。

当日朝、車を運転して迎えにきてくださったのはなんとお母さま!
助手席のボーイッシュな内海さん、会津若松で私が初めて出会ったペーパードライバーさんでした(笑)。母娘の会話は掛合いのようでなんとも微笑ましく。フォーラムのときの内海さんのプレゼンテーションは非常に凛々しくて感動したのですが、お母さまの前だと結構甘えん坊なんだなぁなどと失礼なことを思いつつ、私は後部座席で必死に笑いをかみ殺していました。

そんなかわいらしさを醸し出す内海さんが、「仕事場、見ますか?」と案内してくださり、おもむろに仕事台のまえの指定席に座った瞬間でした。
彼女の姿勢も周りの空気もピンと張り詰める。

ああ、美しい。

お世辞でもなく、誇張でもなく、そう思いました。

彼女が作っているのは漆塗り専用の刷毛。


漆刷毛は、人の髪の毛や馬の毛を糊と漆で板状に固め、2枚の薄い木板で挟んで作られます。通常のペンキ刷毛などは毛が挟んであるだけなので抜ける可能性がありますが、漆刷毛は長い毛を固めて毛と同じ長さの板に挟み込んであり、塗師たちは必要な分だけ板を削りながら使うので、決して毛が抜け落ちることがありません。

いま、この刷毛を作る工房は全国に2軒しかないことをご存知でしょうか。内海さんはそのうちの1軒に弟子入りして3年間修業し、昨年の暮れに会津に戻ってきました。今は東京の親方からの仕事を下請けとしてこなしています。

会津の実家に戻り、倉庫を仕事場に改装し、親方から仕事が送られてきて、順風満帆に職人生活を始めたかと思いきや、そう簡単にはいきませんでした。会津に戻ってきて初めて彼女が気づいたこと、それは気候の違い。

仕事を開始したのは会津の真冬の到来の時期。まずは毛を糊と漆で固めた毛板と呼ばれるものを作るのですが、毛を固めるための特殊な配合の糊と漆が分離してしまう。
東京での修業中、こんなことは起こらなかった。気温も湿度も違う。
一から試行錯誤を繰り返し、だいぶ糊と漆を無駄にしてしまったのだそうですが、いまは環境にあった作り方を見い出しました。あらためて自然物を相手にする仕事なのだと実感します。

しばらくは親方からの下請けに徹すると言います。親方は個人客相手の仕事はせず、問屋から来るまとまった注文を決まった仕様で正確に作り、納期通りに納める、職人らしい仕事です。内海さんも当面はこれを踏襲し、仕事の精度と効率を上げていくとのこと。

そして数年後には親方は引退する予定で、その暁には全て内海さんが後を引き受けることになります。

内海さんには将来の夢があります。
会津に帰ってきたのだから、やはりいつかは会津の塗師に使ってもらえる刷毛を作りたい。

後日、会津の塗師たちも同じ思いがあることを知りました。いつか成熟した刷毛職人となった内海さんの刷毛を使える日を楽しみにしていると。

さて、もうひとつ、内海さんが手がけている取り組みがあります。
『漆刷毛ヘアドネーションプロジェクト』

髪の毛が必要とされている漆塗りのこと、漆刷毛のことを知ってもらいながら、いまは入手困難になってしまった刷毛用の髪の毛を集める取り組み。現在、刷毛の材料である髪の毛は全て中国からの輸入品なのです。日本の伝統工芸を支えている漆も、刷毛も、ほとんどが中国からの輸入に頼っているという、笑うに笑えない状況が現実。

昔は日本にも『毛屋(けや)』という商売があったのだそうです。リサイクルが当然だった江戸時代、髪の毛も漏れなくその対象でした。刷毛だけではなく、日本髪の髢(かもじ:髪を結うときに足りない部分を補うもの)にも使われていました。江戸のまちには「おちゃない、おちゃない(落ち買い)~」と言いながら落ちた毛を買い集めた『おちゃない』と呼ばれる女性(主に女性の仕事でした)たちがいて、毛屋や髢屋は彼女たちから髪の毛を仕入れていました。

想像すると少々気味が悪い気もするのですが、昔は神社の軒下によく髪の毛が下がっていたそうです。髪の毛を奉納するという習慣があったので、神社がそれを天日干ししておくと、毛屋(またはおちゃない)がそれを買いにきました。

いまの日本にはそのような仕組みは無くなってしまいました。有名な大手毛髪関連のメーカーも、生産はすべて東南アジアなど海外で行われています。中国には髪の毛を集め、刷毛やウィッグなどに加工しやすいように処理をして出荷するビジネスが確立しているのだそうです。

「漆刷毛ヘアドネーションプロジェクト」で小規模に集めた髪の毛の実用化には、集め方や処理方法など様々な課題はあるものの、内海さんは機会あるごとに周囲に呼びかけ、研究所等の協力を得て試験・試作を行い、地道に活動を続けています。
ちなみに、現在、中国から輸入している髪の毛は薬品で脂抜き処理をしています。脱脂をしないと漆の刷毛としては使えません。かつては天日干しがその役割を果たしていました。一度、プロジェクトで集めた髪の毛を、研究所の試験機で昔と同じような状況に仕立ててもらったことがあります。すると驚くことが起こりました。中国から輸入されている薬品で脂抜きした毛はフワフワさらさら。見た目にも美しい。一方、天日干しと同様の環境においた髪の毛はギシギシガサガサのひどい状態。にもかかわらず、漆と糊で固めて刷毛にしていく工程で、素晴らしい出来へと変化していったといいます。
作りながら内海さんは、これはいい刷毛になる!と、普段の刷毛との違いを実感していました。

モノづくりには材料がいります。
良いモノづくりのためには良い材料がいります。
しかし、時代の流れで入手できなくなるものがあるのは当然のこと。より良い素材に取って代わられて無くなるものもあるだろうし、本当に無くなってもいいものか考えるべきものもあります。

内海さんは言います。
「会津はもともと木と漆の漆器を作る産地でしたが、いまは吹き付けや合成樹脂が産業の主体になってしまいました。それでもこの地ならではの木と漆を作るひと、作りたいひとが残っています。会津がそのひとたちの道具の産地になれば、本来の会津漆器も残ることができるのではないか。そう思って自分は会津で刷毛職人になりました。」

なんとまっすぐな想いを抱くひとだろう。
そして、なんと実行力のあるひとだろう。

会津の漆に興味を持ったのは進学のために地元を離れ、大学4年生だった4年前。余りにも身近にあったためにその価値に気付いていなかった会津の漆、そしてその道具である漆刷毛の興味深さに魅せられ、なんと書きかけていた卒業論文のテーマも漆に転向。そしてすでに決まっていた大学院へも一旦は進みましたが、自らの強い意思で半年で退学。東京の漆刷毛工房に弟子入りしました。そして3年の修業を経ていよいよ地元に戻り独立。
今は、まずは安定した高いクォリティの刷毛を作ることを極め、そして一度地元を離れたからこそ知ることができた多くの産地と多様な価値観、身近にいる会津漆器の作り手たちからの学びを大切に、あらたなチャレンジも続けていきたいとのこと。

数年後には晴れて親方から仕事を引き継ぎ、立派な漆刷毛職人として、会津に、そして日本の漆産業にとって、無くてはならない人に成長していることでしょう。

工房で、二つの刃物を見せていただきました。

下の、柄が黒光りしているものは、内海さんが親方から引き継いだ年代物。
実は、もともとは上と同じ丸い刃型をしていた。使っては研ぎ、使っては研ぎ、親方が何十年も使い続けて今の姿に。研ぎやすいように柄の部分を削いで、さらに研ぎすすめて使っています。

道具の、なんという貫禄!
職人の仕事という時空を蓄えて、もはや道具という存在を超えている。

やはり、職人は美しい。そう思うのです。

最後におまけの写真。

内海さんにご馳走になったお手製のインドカレー。
刷毛に負けず劣らず、本格ホンモノの味には驚くばかり!
器に携わる人間は、料理にもこだわりたいと。
漆も刷毛もカレーも、好きなものへのとどまることを知らない探究心に、
ただただ脱帽です。

訪問先:刷毛や狐 ・ 漆刷毛ヘアドネーションプロジェクト